憑神

浅田次郎著、新潮文庫
憑神 (新潮文庫)

稀代のストーリーテラーとして尊敬する浅田氏の作品は大別すると2種類に分かれると思う。「壬生義士伝」に代表されるシリアスな歴史物(近代史含む)と「プリズンホテル」に代表されるギャグ人情モノ。異論はあるだろうが、私は前者の一番の傑作は「日輪の遺産」、後者のそれを「椿山課長の七日間」だと思っている。この「憑神」を読んで迷った。これはそのどちらに分類されるだろうか。そもそも作品の分類自体は意味がないかもしれないが。
貧乏神や疫病神のコミカルさから言えば、ギャグ人情モノだろうし、私も読む前は表紙絵と相まってそのようにとらえていた。しかし、読み進めるうちに、おなじみ「浅田流ギャグ」は影を潜め、幕末という時代に武士としての生き様(死に様とも言える)を探してもがく主人公の姿が胸を打った。実に大まじめな話だったのである。
激動の時代にあって、目標を失った現代人の心の空白が指摘されて久しい。この文庫はしばらくある書店の売り上げ1位になっていたが、終盤で主人公が持つに至る非常に直截な決意が、多くの人に響いたのかもしれない。
分類の話でいえば、直木賞受賞作の「ぽっぽや」をはじめ、いわゆる「幽霊モノ」もけっこう多い。「蒼穹の昴」でも皇帝の霊が重要な役割を果たしていた。神は霊ではないが、人の格好をして姿を見せる神が、主人公の決断に重大な影響を及ぼすこの作品もその一種なのかもしれない。