ドナルド・トランプの危険な兆候

バンディ・リー編 村松太郎訳 岩波書店

ドナルド・トランプの危険な兆候――精神科医たちは敢えて告発する

 図書館で借りる。ベストセラーで読み解く現代アメリカ - a follower of Mammonで紹介されたていた一冊。副題にある「精神科医たちは敢えて告発する」とあるように、米国の精神科医ら二十数人がトランプの(主に精神的な)「危険性」について論じている文章を集めたもの。

 米国精神医学会には「直接診察し、かつ、適切な許可の下でない限り、有名人についてコメントすることは非倫理的な行為である」とする「ゴールドウォータールール」(ゴールドウォーターは元大統領候補で、精神病質を指摘されたことが選挙戦で不利になったらしい)なるものがある。それでも、トランプの状態はあまりに危険だということで、「敢えて」分析を試みているという趣旨で、内容から類推するに、トランプの大統領就任直後の話のようだ。いずれも、ナルシストや自己愛性パーソナリティ障害などの気質があることを論じ、核のボタンを持っていることなどから、その危険性を糾弾する文章が続く。

 トランプが退場した今、我々はこの4年間、トランプの奇矯に振り回されながらも、結局、核のボタンが押されるなどの大惨事は免れたことは知っている。トランプの精神状態の分析には、当然と思えるものが多く、それが延々と小さな文字でつづられることにやや食傷した。歴代大統領の多くが精神疾患や身体疾患にり患していたが、精神・身体の健康をチェックするシステムがないことを疑問視・不安視する意見には同意できたが、そのために

議会に、この規定(大統領執務不能時の権限承継を定めた合衆国憲法修正第25条)に基づき、トランプ氏の大統領職責への適格性を評価するための独立した中立の立場の調査委員会を作ることを求める。

 というような部分では立ち止まらざるを得ない。精神科医ら科学者も人間である以上、完全に中立などということが可能なのだろうか。この1年、トランプとともに大きな脅威となってきた新型コロナウイルスの対応を日本で見てきた者からすると、そのような疑念を抱かざるを得ない。科学者も政治や政府との距離感によって、その知見が左右されてはいまいか。さらに米国では裁判官でさえその党派性によって判断が大きく左右されている(目立たないだけで、日本も同じなのかもしれないが)。「トランプは特に危険で特殊なので仕方がない」ということで、中立ではありえない人間たる科学者を「敢えて」中立に見立てることは、かえって危険なのではないか、とさえ思った。