LIFE SPAN 老いなき世界

デビッド・A・シンクレア著、梶山あゆみ訳、東洋経済新社

LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界

 紙の本。著者はオーストラリア人の科学者で、米国で老化の研究をしており、『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれるなど、それなりに注目されているらしい。

 主張は「老化は病気である」とのことで、適切に治療すれば老化は防ぐことができるというもの。要は「老化は万病のもと」ということで、そういう意味では、植物の接種(肉食中心の食生活にしないこと)が体内の過剰免疫や炎症作用などの元になっているとするThe Carnivore Code - a follower of Mammon の主張と同様である。いわゆる「目からうろこ」的な話で、老化の原因をDNAの損傷に求め、それを回復させるためのマウス実験を中心とすることまでの研究の進捗を紹介していく。「サーチュイン」がどうのとかいう部分はいまいち分かりにくい部分もあるが、その中で山中伸弥教授のiPS細胞が活用されるくだりなどは興味深かかった。

 また、人が120歳を優に超えて生きる世界というのは、SF的な世界であるが、その点についてもある程度応えている。例えば

 私たちの世界は、昔に比べれば優しく、より寛容で公正で、より多様性を受け入れる場所へと変貌してきた。それを一貫して推し進めてきた原動力があるとすれば、それは人間が長くは生きないということに尽きる。ノーベル経済学賞を受賞したポール・サミュエルソンが好んで口にしていたように、社会や法律や化学は「1つの葬式があるたびに」大きな変革を遂げるものだ。

  と問題提起している。

 さらに、血糖値などのバイオマーカーデータの収集・管理をめぐり、今回の新型コロナパンデミックを予見したようなくだりもある。例えば

 では、世界規模のパンデミックを食い止めるためならもう少し個人情報を明け渡してもいいと、みんなは思ってくれるだろうか。残念ながら、たぶんそういうわけにはいかないだろう。(中略)人間は全体の利益を考えて行動するのがあまり得意ではない。革命的な変化を起こす秘訣は、個人の利益と全体の利益を一致さえる方法を見つけることだ。つまり、大規模なバイオトラッキングが必要だと納得してもらうには、何らかのメリットを感じさせてやらないといけない。

 としたうえで、その健康上のメリットを説いているあたりは、いささか楽天的な気もした。

 ただ、著者も認めるように、老化の防止はまだ研究途上の分野(その意味では科学全般が永遠に研究途上なのだが)であるため、「で、どうしたらいい」の部分はそう多く書かれていない。寿命を調節する「サーチュイン」を活性化させる「NMN」(サプリもあるらしい)など、やや専門的な内容はあるものの、基本的には接種食事回数を減らすなどして摂取カロリーを減らし、ストレスを軽減して運動するなど、当たり前のことが多い。いわゆる「健康ハウ・トゥー本」ではない。

 それでも、老眼など老化を意識する年齢となった今、かなり興味深い読者体験であった。小説的な想像力を掻き立てられたこともあり、関連する書籍も読んでみたくなった。