霧笛荘夜話

浅田次郎著、角川文庫
霧笛荘夜話 (角川文庫)
久しぶりの浅田次郎作品。浅田文学の(私的)分類でいけば、いわゆる「純粋人情系」の作品。横浜のぼろアパート「霧笛荘」の住人一人一人を主人公にした連作短編集となっている。仕事が忙しいが、2日で読んでしまった。
くすぶりのチンピラ、美人のホステス、オナベ、ギタリストの卵ら、訳ありの面々。大家である老婆が、部屋を借りに来た人物に、すべての部屋を案内していく過程で、その「訳」が次々と明らかにされていく。「純粋人情系」作品が陥りがちな「臭さ」は否めないが、そのストーリーテリングはさすがに圧巻である。
終盤、「狂言回し」だったその老婆に一連の物語を総括させている。

幸福な時代にも不幸な時代にも、ここの住人はみな似た者だった。ということは、存外幸せな連中だったってことだよ。そんなの、わかるだろう。不幸のかたちは千差万別だが、幸せな暮らしは似たりよったりだもの。はじめは不幸に追いたてられて、ここまでたどり着く。(中略)ここは浮世のどんづまりさ。でも、地獄じゃない。生きようがくたばろうが、ここは誰にとっても居心地のいいところだった。

ただ、この話に続く、地上げ屋のエピソードは蛇足感が否めなかった。巻末の解説には、全編書き終わるまで約10年を要したとあるから、あるいはそのあたりが影響しているのかもしれない。