作家的時評集 2000−2007

高村薫著、朝日文庫
作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1)
作家の高村薫氏が00年から今年にかけて新聞や雑誌に寄せた「時評」を一冊にまとめた。朝日文庫の創刊30周年記念の一環の文庫オリジナルという。
政治についての論評が多い。当初は選挙のたびに「投票に行こう」と呼び掛けていたが、05年の「郵政解散」を経て「無党派は保守だった」と断じるあたりの思索の変遷が面白い。ある意味でいかにも朝日新聞社が好みそうな感じではあるのだが、批判的なまなざしの鋭さはさすがである。例えば、麻原彰晃と奈良女児誘拐殺人事件の小林薫に対する死刑判決を受けた「二つの死刑判決に思う」(06年10月、東京新聞)という次のような文章には激しく同意した。

たとえば、裁判所が死刑判決の理由にあげる被害者感情とは何か。ある遺族の怒りは大きく、別の遺族の怒りは小さいということがあるなら、それは個人の死生観にもとづくものであり、少なくとも裁判所が大小を言うべきものではない。また、怒りの大きさと悲しみの深さが比例するものでもない。
 事件の社会的影響の大小も、そもそも今日ではメディアがその大部分をつくり上げる虚構である。煽情的に大きく報じられる種類の事件があり、そうではない事件があるとすれば、裁判所の仕事はむしろ、世論の感情に距離を置くことではないのか。

私も判決理由で裁判官がやたらと感情的なもの言いをすることに強い違和感がある。「司法に心がない」などと批判されることに対する反応のあるのかもしれないが、司法とは本来、「秤」に象徴されるように、利益のバランスを取るべきものであるはず。「感情」のバランスを取るモノではないだろう。
ただ、やたらときまじめな論評ばかりであった。死刑や震災などのテーマはともかく、政治論などではもう少しメタファーやエピソードを盛り込んで楽しめるようにしてほしい。おそらく字数の制限がある新聞などへの寄稿のため、仕方がない面もあるのかもしれないが、そういう意味でもあくまでも「作家的時評集」なのであって「小説家的時評集」ではなかった。