ディープヨコハマをあるく

佐野亨著、辰巳出版

ディープヨコハマをあるく

 図書館で借りる。ネットニュースの新刊本紹介で取り上げられているのを読んで、借りてみることにした。著者はフリーの編集者・文筆家。出身ではないが、長く住んでゆかりがある横浜の、「ディープ」な部分で歩きながら紹介していく。

 第1章の「桜木町・野毛をあるく」に始まり、「中華街・元町・山手」や「本牧・根岸・磯子」など計12章。それぞれ街の雰囲気や歴史を教わりながらぶらついている雰囲気で書かれている。それぞれ、章の最初に地図が乗せられていて、やや細かくて醜いものの、取り上げられている場所のだいたいの位置がつかめるようになっていてありがたい。題名から想像がつく通り、うんちくが満載で、例えば山手にある「ゲーテ座」のゲーテは詩人ではなく、フランス語で陽気さ・快活さを意味するGaieteであることや、東海道の一里塚について、徳川幕府日本橋から一里ごとに設置したもので、横浜市内で最初は市場一里塚であることがさらりと書かれていたりする。

 また、戦争の記憶も重視しており、例えば美空ひばりの墓があることで知られる日野公園墓地の頁では、

一画に崩れかけた石段があり、山林のなかを分け入っていくと、南方派遣殉難者の慰霊碑が建っている。第二次大戦中、日本海軍は、統治下にあったテニアン島とウォッシュ島に飛行場を建設すべく、横浜刑務所の受刑者と職員計二千人以上を南方赤誠隊として送り込んだ。この慰霊碑は、そうした任務のなかで命を落とした受刑者たちを弔うために建立されたものだが、いかにも人目につかない場所に隠されたように建っているのが印象的である。

と紹介されている。

 私も横浜在住15年近くになるが、知らないことも多く、興味深かった。観光地ではない横浜を知るには必読の書だと言える。そういう意味では、いかにも年老いた在野の郷土史家のような人が書きそうな本だと思ったが、著者が1982年生まれと、私よりも10歳近く若いことを知って驚いた。

ノヴァセン

ジェームズ・ラヴロック著、藤原朝子監訳、松島倫明訳、NHK出版

ノヴァセン 〈超知能〉が地球を更新する

 図書館で借りる。「ガイア仮説」のラヴロックの遺作となったのだろうか、地球の未来予想をする。副題に「<超知能>が地球を更新する」とあるように、人類の後はAIなどの機械(著者はそれを「サイボーグ」と呼んでいる)が地球の主となると予想している。そして、それにともなって地質年代としてのアントロポセン(=人新世)が終わり、ノヴァセンになるという。

 より晩年の書だけに、ガイアの復讐 - a follower of Mammon よりもこれまでの自身の歩みの振り返りが多くなっている。そういう意味では、フラーにおけるクリティカル・パス - a follower of Mammon のような位置づけといえるかもしれない。分量は本書の方が圧倒的に少ないが。

 また、話としては壮大で、AIやロボットが地球の支配者になりかねないことはなんとなく分かるものの、地球のためにその「超知能」が人類と対立しないと予測している部分などは今一つ腑に落ちなかった。なんとなく科学者なりの夢物語というような風情もあるのだが、一方で、例えば「資産の半分をなげうって自ら火星に行こうとする超富豪」について

 地球の真の状態を無視してそんな冒険を企てることは、究極の不条理に思える。わずかな火星のオアシスを探そうという希望がその巨額の費用を正当化することはない。特に、そうした惑星探査の費用のほんのわずかでもリサーチにあてれば、地球についての重要なデータが得られるのだからなおさらだ。

としている点など、もっともな論を展開して苦言を呈していて、共感した。 

つながり過ぎた世界の先に

マルクス・ガブリエル、大野和基インタビュー・編、高田亜樹訳、PHP新書

つながり過ぎた世界の先に(世界の知性シリーズ) (PHP新書)

 図書館で借りる。以前、何かのインタビューでマルクス・ガブリエル氏の理路整然とした回答を観て、一度著書を読んでみたいと思っていたことを思い出した。新書で手軽そうな2冊を図書館で予約したが、著書ではなく、ロングインタビューをまとめたもののようだ。

 インタビューの時期は、2021年初頭のようだ。副題のようなのものに「コロナ後、資本主義はどう変わるのか」とあるように、コロナ禍を経た所感が中心となっている。その中で、感染者数を一人歩きさせる統計的なものの見方に疑問を呈し、「質的モデル」への転換を求めたりしているのは、理解しやすい。また、トランプの米大統領当選について、まずメディアが偏向し始めて(つまり、左右で対立したということか)、それが原因でトランプが大統領になったと指摘しているのも一理あると思う(これをトランプ擁護論とととるのはまた違うのではないかと思うが)。

 ただ、最も共感したのはそのような「政治的」な部分ではなく、例えば「神の正体」と小見出しがついた次のようなくだりである。

 親を亡くしたとき、私たちは宇宙の深淵に触れます。だから神聖な何かとつながったという特異な感覚を得るのです。私の哲学では、神聖性とは、自分が「全体」とつながる経験であり、人間の限りなく複雑な感覚が感じとる現実に他ならないのです。それが神の実体なのです。

 このような思考を深く知るには、やはりインタビューではなく、きちんとした著書を読むべきなのだろうと感じた。

国際法 第4版

中谷和弘・植木俊哉・河野真理子・森田章夫・山本良著、有斐閣アルマ

国際法〔第4版〕 (有斐閣アルマ)

 図書館で借りる。環境法入門 第4版 - a follower of Mammon と同じ有斐閣アルマの本だが、こちらはつくりとしてはかなりオーソドックスな法律の教科書となっている。「はしがき」にも「国際法における、コンパクトでスタンダードな教科書を目指したものである」とある。

 「第1章 国際社会と国際法」に始まり、前半は総論的な部分を取り上げ、後半にテーマごとの各論を説明していく。第4版の発行が昨年3月だそうで、米トランプ政権の対応など、最近の国際情勢も反映されていて、読み物としてもある程度楽しめる。

 また、国際法の在り方をめぐる根本的な知識の理解の助けとなる部分も多い。例えば「国際環境法の基本的特質」の一つとして「枠組条約と議定書」が紹介され

このような「枠組条約+議定書方式」を採用する利点としては、総論賛成・各論反対をまとめやすくするとともに、科学的知見の進展にあわせた柔軟・迅速な対応を可能にするという利点がある。

と端的に説明されていたりする。そういう意味では、ニュースの理解の助けとなるなど、日常生活にも役に立つ一冊と言える。

クリティカル・パス

バックミンスター・フラー著、梶川泰司訳、白揚社

クリティカル・パス―宇宙船地球号のデザインサイエンス革命

 図書館で借りる。宇宙船地球号操縦マニュアル - a follower of Mammon のバックミュンスター・フラーの晩年の集大成的な著作で、訳書の本文だけで500ページを超す大著である。内容的にもなかなか難解で、1980年に原著が出版されたが、この訳書が出版されたのは1998年とのことである。

 フラー(及び人類)の歩みに始まり、大陸が切れず、歪みもないという「ダイマクション・マップ」や強度やエネルギー効率の面から理想的な構造体とされる「ジオデシックドーム」など、その業績のほとんどが網羅されている。12歳のときから「他人が自分を『見る』ように自分を見る」という「クロノファイル」なるもの(日記のようなもの)を付け続けていることや、32歳のときに自分を「モルモット」にしようと決意した話なども紹介され、分量的にも、内容的にも、年寄りの自分史的な匂いがしないでもない。しかし、そこは「現代のダヴィンチ」とも称されているたけに、「先見の明」というか「時代の先取り」(先に行きすぎている面も多いが)と思われるところも随所にみられる。たとえば

 恐怖によってパニックになる二番目の理由は、地球上の一五〇の国家すべてが、進化によってまさに脱支配化されようとしているからである。(中略)自分たちの政府が倒産してまさに消滅しようとしている事態に気付いた何百万人ものアメリカ人が、たとえば「愛国」主義の活動家と化し、銃をもって、「古き良き時代」を復活させるために独裁を求めるナチ的運動を起こすかもしれない。

としていたり、ロスで問題になったスモッグの原因が巧妙に市民が運転している自動車の排気ガスとされて、工場の煤煙などから目をそらされていることを指摘している点など、40年以上前の著作とは思えない。

 その意味では、単なる環境問題のはしりとしてではなく、より広く「正義」とは何か、あるいは、もっと言えば、正義とどう向き合うべきかについて考えさせられる。分量的にも内容的にもかなりしんどいことは間違いなく、よほど興味がない限り手には取らないかもしれないが、時代の先駆者だったことは間違いなく、読んでみて損はない本である。

環境法入門 第4版

交告尚史・臼杵知史・前田陽一・黒川哲志著、有斐閣アルマ

環境法入門 第4版 (有斐閣アルマ Basic)

 図書館で借りる。題名を読んで字のごとく、環境をめぐる法律についての入門書である。この「有斐閣アルマ」というシリーズは、私の大学時代にはなかったが「新しい時代の大学テキストシリーズ」で、「新しい豊かな時代の学生にふさわしい やさしさ・親しみやすさ」「豊かな情報量をコンパクトサイズにおさめた機能的編集」などを特色としているらしい。ちなみに「アルマ(ARMA)」とはラテン語で道具・方策・手段を意味するのだという。

 本書については、環境についての国内法や国際法の概説がメーンだが、最初から法律の解説ではなく、まず「第1幕 環境法のトピックス」が置かれ、その中に「第1章 自然保護」「第2章 廃棄物・リサイクル」「第3章 大気汚染・温暖化」とテーマごとに現状が紹介され、第2幕が法律や判例を解説する「環境法の基礎知識」となっている。先に日ごろ触れるような話題から入るという一風変わった編集も、新たな時代のテキストというものを意識した結果なのかもしれない。

 内容的にも通読しても疲れない程度に、きっちりとした情報量がある。例えば、環境をめぐるニュースなどでもよく耳にする「保存」と「保全」についても

学説上、「保存」(preservation)は人間が環境または生態系を使用しないこと(non-use)を意味し、「保全」(conservation)は人間による、そして人間のための「賢明な利用」(wise use)を意味するという考えがある。

と端的に紹介している。また、廃棄物処分場の反対運動については

 周辺住民が廃棄物処分場などの迷惑施設の設置に反対する現象は、「うちの裏庭お断り(Not In My Backyard)」症候群(NIMBYシンドローム)の典型例である。しかし、廃棄物処分場の持つ環境汚染リスクを考慮すると、予定地周辺住民のNIMBYを単なる住民エゴとして片付けることはできない。

などと記述しており、身近な問題として考えさせられる部分も多かった。

ニュージーランド エコ紀行

青柳光郎著、七つ森書館

ニュージーランド エコ紀行

 図書館でたまたま見つけて借りる。題名の通り、ニュージーランドのエコツアーなど環境再生と観光の取り組みを紹介する2008年の本。著者は朝日新聞の元記者らしい。2001年に新聞社の企画で訪れて以来、毎年のようにニュージーランドを訪問しているという。

 ニュージーランドというと、自然豊かというか、むしろ手つかずの自然が残っているイメージがあるが、先住民マオリやヨーロッパ系移民による動物の持ち込みや牧畜のための開墾などで、原生林の面積は国土の70%から23%までに減っているのだという。そんな反省にたって、観光やボランティアに取り組む人々を紹介していく。例えば、観光客が木を買って、それを地元の人たちが育てる「旅人の木」では、GPSを使ったりしてホームページから自分の木がある場所を確認することもできる。また、マオリの人たちの生きる糧にもなっているエコツアーや、オークランドなど都市近郊での島の再生活動なども紹介される。

 環境先進国らしく、幅広い活動が、さまざまな人を介して行われていることがよく分かる。その根底にあるのは、マオリに教わったこととして紹介される、次の言葉だろう。

 良好な環境を次の世代に残す、と言いますが、それは間違いであり、おこがましい。環境と言うのは、私たちが将来の世代から借りているものなのです。