ウィーン近郊

黒川創著、新潮社

ウィーン近郊

 図書館で借りる。おそらく書評で読んだのだろう。ウィーンに特別関心があるわけでもなく、これまで読んだことがなかった作家である。なぜ借りることにしたのかも思い出せないが、小説としては楽しめた。

 暮らしていたウィーンで自殺した兄を葬るため、京都から駆け付けた妹の顛末を描いた、中編の部類に入る物語。兄の思い出を含むその妹の話と、それを支援する在オーストリア日本大使館領事の話と思索がほぼ交互に進む。遺産が確定するまで死者が借りていた部屋にも自由に立ち入ることができないといった文化の違いや、兄妹のやや複雑な生い立ちなど、やや奇妙な背景はあるものの、大きな事件が起きるわけでなく、物語は淡々と続く。葬儀の際の妹のスピーチでも

 兄の人生は、たいしたものじゃなかったな、と改めて思います。そして、しくじった、という思いも残ったんだろうな、ということも。

 立派な考えを胸に抱いて、生きたわけでもない。生きる上での目的も、最後まで、はっきりしなかったことでしょう。私も、そうです。そうやって生きつづける無数の人びとの列のなかに立って、いまという時間を過ごしています。 

 と言われるほどだ。

 領事の方も、文化や、イラクへの赴任や「命のビザ」の杉原千畝などについて思いを巡らせるものの、特別なことをするわけでもない。

 兄が日本でラグビーワールドカップを観戦する予定だったことなど、小説の時間は「今」である。終盤で新型コロナウイルスパンデミックの影響も描かれている。あるいは、この小説は、さまざまな障害によって、何かをなし得なかったと思っているような人に対する、エールというか、メッセージのようなものなのかもしれない。