謎ときサリンジャー

竹内康浩、朴舜起著、新潮選書

謎ときサリンジャー―「自殺」したのは誰なのか―(新潮選書)

 図書館で借りる。恐らく新聞の書評で読んだのだろう。著者は英米文学者とその教え子。副題に「『自殺』したのは誰なのか」とある通り、サリンジャーの短編集『ナイン・ストーリーズ』に収められている『バナナフィッシュにうってつけの日』の最後に拳銃でこめかみを打ち抜く若い男は誰なのかということを「謎解き」していく。

 ここでその謎解きを明かすわけにはいかないが、サリンジャー作品の読み込みはすさまじく、興味深い記述が多い。例えば、サリンジャーの別の作品内で松尾芭蕉の句が紹介されていることを指摘し、『バナナフィッシュ』と芭蕉の接点について

 というのも、芭蕉とはバショウ科バショウ属の植物にちなんだ雅号であり、その植物を英語では「バナナ」と呼ぶからである。

としていて驚いた。アメリカで生きた禅の大家、鈴木大拙芭蕉と禅のつながりを指摘していたといい、『ナイン・ストーリーズ』の冒頭に掲げられてる禅の公案が、物語の「謎」を説く重大なカギになるのだが、このような以外な発見を伴うその論の展開に引き込まれた。

 とはいえ、私のように『ナイン・ストーリー』を読んだことがあっても「不思議な短編集」という程度の印象しか残っていない人は多いのかもしれない。本書も後半は『バナナフィッシュ』を離れ、代表作の『ライ麦畑でつかまえて』の解説に費やされるのは、謎解きの「裏付け」とする以上の意味合いもあったのだろうと思う。刺激的な読書体験であったことは確かだが、『ライ麦』についても(そう遠くない過去に村上春樹訳も読んだはずだが)ほとんど筋さえ覚えていない私のような人間にはややついていくのがつらくもあった。