江戸川乱歩短編集

千葉俊二編、岩波文庫
江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)
岩波文庫から昨年出た。怪人20面相の映画「K-20」が公開されたから、という訳ではないが、新聞記事か何かで紹介されているのを読んで、買ってみた。
収録作は、デビュー作の「二銭銅貨」や明智小五郎が初登場する「D坂の殺人事件」、名作「屋根裏の散歩者」などの探偵モノと、こちらも有名な「人間椅子」や「押絵と旅する男」などの奇譚に大別される。私はやはり、乱歩作品の特徴の一つである、日常のちょっとしたアイデアというか、思いつきを犯罪に結びつける発想と、明智の推理というか、ホシを追い詰める機転(特にボタンのくだり)が鮮やかな「屋根裏」が出色だと思う。また、推理小説に至らず、単なる犯罪小説になっているものの、不貞の妻に衣装箱に閉じこめられた男が死ぬ「お勢登場」には戦慄した。
また、子供時代に読んだ「少年探偵団シリーズ」などでもどことなくグロテスクな印象を持ったものだが、やはり乱歩の中ではそういうきわどい情念が渦巻いていたようで、その極めつけは夢を題材にした「火星の運河」だろう。文末に、本気とも冗談ともつかない次のような文章が添えられている。

(お詫び)読者が失望された如く、これは無論探偵小説ではない。一月ばかり私は健康を害していて、筆を執る気力もないのです。しかしこの号には、編集方針からいっても、どうあっても何か書かねばならず、止むなくこさえものの難をさけて流れ出すままの易についた。片々たる拙文、何とも申訳ありません。一言読者の寛恕を乞う次第です。

推理小説に至らなかった「お勢登場」などにもこのような「あとがき」が添えられており、作家の苦心の跡が何となくしのばれた。