春の雪

三島由紀夫著、新潮文庫
豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)
三島由紀夫の遺作である「豊饒の海」4部作の(一)。最近映画化され、再び話題となっている。
残念ながらこれまで三島文学とはあまり縁がなかったが、圧巻の一言。全編に渡って「美しい」日本語が散りばめられている。例えば、貴族の息子である主人公・松枝清顕の一族の中での位置づけの描写。

 彼は優雅の棘だ。しかも粗雑を忌み、洗煉を喜ぶ彼の心が、実に徒労で、根無し草のようなものであることをも、清顕はよく知っていた。蝕ばもうと思って蝕ばむのではない。犯そうと思って犯すのではない。彼の毒は一族にとって、いかにも毒にはちがいないが、それは全く無益な毒で、その無益さが、いわば自分の生まれてきた意味だ、とこの美少年は考えていた。

ストーリー時代は、青臭く、もろい若者の悲恋の物語。だが、続く作品の伏線の意味もあるのだろうが、脇役も含めてその人物描写は丁寧で鋭い。特に、清顕と没落貴族の娘・聡子の悲恋に協力、あるいは手引きさえしている、聡子方の老女中・蓼科の「正体」が明らかになるくだりは鮮やかで、恐ろしいくらいだった。
作品自体の強烈なエネルギーを浴び、読み進むのは疲労を伴うが、そこがまた三島文学の麻薬的な魅力なのかもしれない。