異常気象と人類の選択

江守正多著、角川SSC新書

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

 hontoにて読了。地球温暖化や気候モデルに詳しく、IPCC報告書の執筆者も務めた気象学者による、気候変動のリスクとそれに対するふるまいに焦点を当てた書籍で、なかなか珍しい内容になっている。

 基本的には温暖化対策について、対策積極派と温暖化会議派の対立として描き、(当然、軸足は前者に置きながらも)どちらにも完全には与さずに、個々人がどうふるまうべきかを問う。本書ではデモクラシー(民主主義)とテクノクラシー(専門家主導)も対立点として描かれているが、これについても、自身は立派な専門家でありながら、前者に軸足を置いている。このため、民主主義の主役たる一般国民にも分かりやすく論を伝えることに腐心していることが感じられる。例えば、温暖化問題で現代文明の置かれた現状を病気に例え

実は、しばらく放っておいたせいで病気はかなり進行しており、運動や食事療法や薬で完治するような段階はすでに過ぎてしまっています。完治するためには、思い切った手術をする必要があります。しかし、手術が失敗して病状が悪化する可能性もあります。

などと紹介し、納得感のある形でリスク論に入れるようになっている。

 本書はどちらかの立場に「寄った」本ではないため、物足りないと感じる向きもあるかもしれない。しかし、利益衡量を考えて「選択」するということは、民主主義世界に生きる人間すべてに求められることであり、地球温暖化対策でさえ、必ずしも「自明」と言えない部分もあることに気付く必要がある。むしろ、成熟した議論のためには、そのことが出発点となるべきものなのであり、本書は地球温暖化入門の最初に読むべき本だと思った。それにとどまらず、分断が進む世界においてのふるまい方のヒントにもなると思った。

Smart Brevity

Jim VandeHei、Mike Allen、RoySchwartz著、WORKMAN PUBLISHING

Smart Brevity: The Power of Saying More with Less (English Edition)

 kindleにて読了。簡潔さを売りとする独特の米ニュースサイト、

Axios - Breaking news, U.S. news and politics, and local news の創業者3人による、その手法を取り入れるためのハウツー本。もともとニュース記事の「長さ」が気になっていたところ、著者の1人、VandeHeiのTED Talk

Jim VandeHei: How to write less but say more | TED Talk

 を観て、Axiosを知り、著書にも興味を持った。

 副題に「The Power of Saying More with Less」とあるように、要点を伝えるためにメッセージを簡潔にすべきだと説く。読者を対象にした調査では、長い記事に最も価値があると答えたのは約5%だけだったとして、

The lesson: Listen to the customer and data, not the voice inside your head.

といわゆる「書き手発想」をやめて読者を常に意識すべきだとする。その手法も「見出しは強い言葉6語以下とせよ」「説明文はWHY IT MATTERS(なぜ重要か)などの言葉をつけて、箇条書きにする」など具体的である。紹介される応用例も、ニュース記事にとどまらず、メールやSNSに加え、プレゼンや会議、マネジメントに至るまで幅広い。そういう意味では、このブログのような文章の書き方も大幅に見直した方がいいのかもしれないと思った。

 Axiosのニュースルームの壁には、

"Brevity is confidence. Length is fear."

との言葉掲げられているという。「簡潔は自信の表れ。冗長は不安の表れ」といった意味だが、情報の氾濫が言われて久しい現代、人々の「注目」(つまり時間)はまさに奪い合いとなっている。その注目を勝ち取る方策としては、簡潔さというのは分かりやすいし、コミュニケーション手法としても、やや味気ない印象は否めないにせよ、個人的には共感もする。ただ、書籍としてはハウツーに偏り過ぎで物足りなかった。例えば、簡潔な文章は長い文章と比べてどのくらい読者を獲得出ているのかや、経営危機が言われて久しいメディア業界の救世主的な発想になり得るのか、つまりAxiosの経営状況はどうなっているのかといったデータを示してほしかった。

女のいない男たち

村上春樹著、文春文庫

女のいない男たち (文春文庫)

 hontoにて購入。アカデミー賞の作品賞にノミネートされた映画『ドライブ・マイ・カー』の原作が収録されている短編集。映画を遅ればせながらアマゾン・プライム・ビデオで観て、読んでみたくなった。というより、そういう話題になった作品なので、読んでおこうと思った。

 正直言って、映画についても私にはよく分からなかったというか、そんなに楽しんだとは言い難かったが、原作(『ドライブ・マイ・カー』と題された作品に加えて、別の二つの収録策のモチーフも反映されているという)はより私にはよく分からなかった。余韻みたいなものを楽しむべき作品なのかもしれないが、私はいずれも尻切れトンボのような印象を抱いた。

 作品自体よりも印象に残ったのは「まえがき」だった。一つには、この短編集の題名はヘミングウェイの短編集『Men Without Women』からとっていると思っていたが、著者は

(『Men Without Women』は)僕の感覚としてはむしろ「女のいない男たち」よりは「女抜きの男たち」とでも訳した方が原題の感覚に近いような気がする。

としていて、ざっくり否定されていた。また、『ドライブ・マイ・カー』において、雑誌掲載時は実在するものだった町の地名について、苦情が寄せられたたために差し替えたことが述べられている。「まえがき」での書かれ方を見る限り、あっさりと作者による変更が加えられたようで意外だったのと、どうでもいいことではあるが、ずっと以前に北海道の町から苦情が出ているとの報道を目にしたことを思い出し、その作品があの映画の原作だったことに初めて思い至った。

拾われた男

松尾諭著、拾われた男

拾われた男 (文春文庫)

 文庫本を購入して読了。今やドラマや映画の名脇役と呼ぶにふさわしいくらいよく見かける俳優のこれまでをつづった「自伝的エッセイ」。出世作とされるドラマ『電車男』や『SP』は観たことがなかったが、Disney+で配信されたこの本の同名ドラマが面白く、イッキ見したので、原作も読んでみたくなった。

 当然と言えば当然だが、ドラマ版はけっこう細かい脚色が施されていて、イベントが大げさになっていたり、登場人物が統合されていたりといったところはあったが、俳優になるきっかけから、兄や家族をめぐる愛憎の物語など、大筋は変わらなかった。その意味ではドラマチックな半生と言えるが、巻末に

 このエッセイは史実をもとにしたフィクションです。

とわざわざ書かれており、どこまでがファクトなのかは分からない。また、基本的にはコメディータッチなので仕方がない部分もあるが、俳優として成功していく過程をもう少し詳しく読んでみたかった。とはいえ、数奇な人生の物語であることは確かで、テンポも良く(ドラマでおなじみの「それはまた別のお話で」も各回に記されている)、あっと言う間に読み終わった。とにかくドラマ同様、楽しい物語だった。

コクヨの結果を出すノート術

コクヨ株式会社、三笠書房

コクヨの結果を出すノート術: たった1分ですっきりまとまる! (知的生きかた文庫)

 アマゾンで文庫本を購入。ノートやメモの取り方を改善したいと思い、同じコクヨの関係者が書いている『考える人のメモの技術』と迷ったが、ひとまずノートの写真がたくさん載っているこちらを購入してみた。

 コクヨ社員のノートの取り方100例が見開きで紹介されている。ノートの罫の種類で分けられ、方眼が50、横罫30、無地20となっており、個人的には今まで横罫しか買ったことがなかったので、方眼が主流なのが意外だった。また、一般的な大学ノートよりも小さいと思われるA5判を使っている人も多いのは、持ち歩きや取り回しがしやすいのだろう。薄くて小型の方眼ノートである「測量野帳」なるノートを使っている人もけっこう多かった。

 具体的なテクニックもそれぞれで、「1ページ目にインデックスをつくる」「キーワードとなる言葉を囲む」「まとめ&宿題を下欄に書き出す」といった参考になるものも多い。また、ノートの見開きの右ページをメインページとするという人は

 その理由は、紙の質や使うペンによっては文字が透けてしまったり、リングノートのリングが手に当たって書きにくい…といったことが、左ページに書くときに多かったためです。

と紹介していて、なるほどと思った。

 いろいろ参考になる本ではあったが、本の体裁上、特定のメソッドを深掘りしたものではなく、物足りなさも感じたが、ノートを取ること自体は一定の期間生きていればそれなりの方法がある。他の人のやり方をいろいろ見ていく中で、自分が取り入れられそうなテクニックを試していく、というくらいでいいのかもしれない。さらっと読めて、他人のノートをのぞき見しているような、ちょっと得したような気分にもなる本である。

The Elements of Style, Fourth Edition

William Strunk Jr. and E. B. White著、Macmillan Publishing Co.

The Elements of Style, Fourth Edition (English Edition)

 Kindleにて読む。英作文について少し勉強しなければならない事情が生じ、いろんなところでよく引用される古典とも言われる本書を読んでみることにした。

 20世紀初頭に大学教授がつくった英語ライティングのテキストがもとになっているといい、簡潔にまとめられた無駄のない本である。細かい言葉の使い方なども記されているが、大前提として求められているのは、簡潔さで、あいまいさを排した明快さである。それが具体例を挙げて紹介されており、例えば「Inside of」と「inside」の違いについては

Inside of five minutes I'll be inside the bank.

との分かりやすい例文が添えられていたりする。話は文法や言葉の選択といった細事についてだけではなく、例えば「作文とは何か」については

     Writing is, for most, laorious and slow. The mind travels faster than the pen; consequently,  writing becomes a question of learning to make occational wing shots, bringing down the bird of thoughts as it flashes by.

としている。

 分かりやすく、いろいろ勉強になったが、残念だったのは、本文と例文の違いが読んでいて分かりにくかったことと、そもそも例文のkindle上の体裁が崩れていたことである。

なぜ世界は存在しないのか

マルクス・ガブリエル著、清水一浩訳、講談社選書メチエ

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

 図書館で借りる。わかりあえない他者と生きる - a follower of Mammon などインタビュー物を読んでみて、マルクス・ガブリエルの著作を読んでみたいと思い、「哲学書としては異例の世界的なベストセラー」などとされていた本書を借りてみた。

 題名の通り、すべてを包括する世界が存在しないという、著者が説く「新しい実在論」について説明していく。正直言って、哲学の門外漢で、日ごろからあまり抽象的な思考をしていないことがたたり、話の流れはあまり理解できなかったというか、あまり頭に入って来なかった。ゆえに、理解として間違っているのかもしれないが、「世界」が存在しないというのは、本書でも例示されているように「最大の自然数」が存在しないのと同じように、すべてを包括するものというものは存在しえないということだという風に解釈した。

 前半では世界や存在することについて考察した後、世界は存在しないという認識にたって自然科学や宗教、芸術の意味などを考察していく。著者は「哲学界のロックスター」と呼ばれているようだが、そのゆえんは、論考を私たちの日常生活に即してとらえることができることにあるような気がする。例えば、科学については

 科学的世界像がうまくいかないのは、科学それ自体のせいではありません。科学を神格化するような非科学的な考えがよくないのです。こうなると科学は、同様に間違って理解された宗教に似た、疑わしいものになってしまいます。

として、科学は世界ではなく、特定の分野についてだけを明らかにするものだと強調する。そのうえで

世界は存在しないという洞察は、わたしたちが再び現実に近づくのを助け、私たちがほかならぬ人間であることを認識させてくれます。

と結ぶ。パンデミックを経験した時代には、特に響く至言だと思った。